もたらさとは?
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[ 63] 垂木
[引用サイト] http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/tarukinooha.htm
写真は金堂の扇垂木ですが四天王寺で扇垂木が発掘されたのは金堂跡ではなく講堂
天平時代になると垂木は上下二段にある「二軒(ふたのき)」となります。下部の垂木
は丸型(円型)、飛檐垂木の断面は角型で、この様式を「地円飛角」といい中国から伝来
我が国の垂木は朱色を塗るだけで、一切の文様はありません。ただ、垂木の「鼻・
木口」には銅板の透かし彫りに金メッキした「飾金具(青矢印)」を取り付けるかまたは、
地垂木は当初、丸垂木か角垂木の一軒ですが天平時代の二軒になりますと丸地垂木
となります。唐招提寺の丸地垂木は写真では分かりづらいですが法隆寺玉虫厨子と同
じように反らしてあります。その時代、反った垂木を造るにはそれを曲げる装置もな
く巨木から反る垂木を切り出していました。ロスが多く贅沢な製造方法で森林資源の
それから、六角形や楕円に近い角型、楕円形の地垂木が出現いたしますが醍醐寺の
五重塔建立以降は角地垂木が一般的となります。しかし、角地垂木に変わる以前の天
平時代でも法隆寺経蔵、東大寺法華堂は角地垂木でありどうも主要でない仏堂には角
地垂木、飛檐垂木ともに角型という「地角飛角」は我が国独特の形式で中国、韓国の
寺院は丸地垂木、角飛檐垂木の「地円飛角」が続き、地角飛角は存在いたしません。
上層屋根の垂木は「放射状」です。 中国建築の禅宗様では、屋根の中央部分の垂木
「屋根のお話」で記述したように野屋根が考案されて垂木の勾配が屋根勾配でなくな
ったのは屋根の荷重を化粧垂木で支える必要がなくなったので飛檐垂木が長く出来る
ようになり軒が深くなっていきました。ということは、軒の全長が長くなったという
ことで写真の場合は軒の長さは創建当時と変わっておりませんので誤解のないように
願います。化粧垂木は構造的には関連がなくなりましたので垂木に代わって「板軒」形
間を埋めるためのものです。しかし、鎌倉時代の改築で、正堂と礼堂の双堂が一つの
堂に変わったため、雨樋は不用になった筈なのになぜか残してあります。 東大寺を訪ねられたら法華堂(三月堂)をじっくりご覧ください。建物、仏像に圧倒
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